弁護士による相続・遺産分割の法律相談 | 弁護士 佐野太一朗

生前贈与

 生前贈与とは、生きている間に子供や孫に財産を贈与することをいいます。

 通常、故人の財産を相続する際には「相続税」が発生しますが、相続税による税負担を軽減することを目的として行われるのが「生前贈与」です。

 父母または祖父母の財産を相続税が発生する前に「生前贈与」という形で贈与することで、遺産相続が発生したときの課税対象となる相続財産が少なくなり(非課税枠を増やす)、結果として相続税の負担軽減が期待できます。

 ただし、贈与をすると受け取った側に対して「贈与税」が発生します。

 贈与税は相続税よりも税率が高いので、何も考えずに生前贈与をしてしまうと普通に遺産相続をするよりも納税額が多くなってしまう点には注意が必要です。

 ここでは、オリエンタル法律事務所が行なっている実例も踏まえながら、生前贈与についてご説明します。 

1 生前贈与とは

 生前贈与とは、相続税の節税対策を行うために贈与を利用するものです。

 生前贈与をして生きているうちに次の世代に財産を移転して、相続財産を減らすことができ、節税対策として効果がありますが、納税資金の確保や財産の有効活用という面から考慮しても効果的な方法です。

 この点、贈与すればそこには「贈与税」がかかりますが、贈与税は相続税より高い税率で課税されます。

 生前に財産を移転して相続税を減らしても、高い贈与税を払うことになっては意味がありませんので、生前贈与は贈与税の非課税枠や、特例を上手に利用する必要があります。

以下では、生前贈与の具体例を踏まえながら説明します。

2 暦年贈与

 暦年課税制度(暦年贈与)は、年間110万円の範囲内で贈与を行うことです。

 贈与税には基礎控除として年間110万円の非課税枠が設けられており、この金額を超えた分に対して贈与税率を乗じて税額の計算を行います。

 毎年11日〜1231日の間で110万円以下の金額を贈与した場合には贈与税が発生しないということです。

 暦年課税制度は何年にも渡って利用可能で、暦年贈与の範囲内での贈与なら税務署への申告義務もありません。

 

 たとえば、1,100万円の資産を一括で贈与した場合は基礎控除の110万円を差し引いた金額990万円に対して贈与税が発生します。

 つまり、毎年110万円ずつを10年間に渡って暦年贈与した場合は、贈与した総額は変わりませんが非課税枠を利用して贈与しているために贈与税は一切発生しないことになります。

 なお、また、暦年贈与は基本的に預貯金、現金、不動産、車、ゴルフ会員権、株式など、どのような種類の財産にも適用可能ですが、いずれの場合にも年間110万円が限度です。

 

 年間110万円までの非課税枠を利用する暦年課税制度には、以下のような注意点があります。

 まず、相続開始前の3年以内の贈与は、相続財産に持ち戻されてしまうので、この点も注意が必要です。なお、孫や子の配偶者など相続人ではない人に贈与した場合には、3年以内であっても持ち戻されることはありません。

 次に、毎年同じ時期に同じ金額を贈ると、税務署に「最初の年に同じ金額を贈る約束をした」「暦年贈与ではなく、連年贈与だ」とみなされてしまいます。したがって、贈与する時期や贈与する金額を年ごとに変えたり、贈与契約を締結しておいたりするなどの工夫が必要です。

 

 そして、贈与をする際には、贈与の事実が客観的な証拠として残るように、贈与金額を振込むなどの他、お互いが合意していたことを示すために、贈与契約書を作成しておくことをお勧めします。

 3 相続時精算課税

 相続時精算課税制度とは、60歳以上の父母または祖父母から20歳以上の子供または孫に対して財産を贈与した場合、最大2,500万円までの範囲なら贈与税が非課税となる制度のことです。

 ただし、非課税となるのはあくまで「贈与税」であって、相続が発生した時に精算して課税が行われます。

 つまり、本来であれば受け取った時期で発生する贈与税を、相続税の対象とすることで納税の時期を先延ばしにする制度と言い換えられます。

 

 相続時精算課税制度を活用することで、最大2,500万円までの高額な非課税枠が利用できるので、まとまった金額が必要なタイミングで贈与することができます。つまり、相続まで待たずに、今ある財産を必要な時に使わせてあげたいという時に活用できる制度です。

 なお、相続時精算課税制度を利用する際の注意点は以下のとおりです。

 まず、相続時精算課税を使うと、暦年贈与に戻ることができなくなるので、どちらの制度を利用するかは、しっかり検討することが必要です。

 また、相続時精算課税制度を使って自宅を贈与すると、相続時における自宅の土地の評価額が80%減額になる「小規模宅地の特例」も使えなくなります。

4 住宅取得資金等の贈与

 住宅取得資金の贈与の特例とは、子や孫などが自宅を新築・購入したり増改築したりする時に、その資金を親や祖父母から贈与された場合には、一定金額まで非課税とすることができる制度です。さらに、この特例は相続開始前の3年以内に贈与が行われた場合には、相続財産に持ち戻す必要がありません。

 ただし、贈与された額を使い残してしまった場合には、その残額分について贈与税がかかってしまいます。したがって、贈与された資金は、きっちり使い切ることができるよう、計画的に贈与をする必要があります。

 非課税の限度額は、工事契約・売買契約を締結する年月によって異なります。特に消費税率8%10%の場合には、非課税限度額が大きく異なるので、注意が必要です。

 

 ただし、全ての方が住宅取得等資金の非課税の特例を利用した方が有効とは限りません。住宅取得等資金の非課税の特例の注意点は2点あります。

①小規模宅地等の特例が使えなくなる可能性があること

小規模宅地等の特例とは、相続税を計算する際に土地の評価額を330㎡まで80%減額することができるとても重要な特例です。

例えば、土地の評価額が2億円の場合、80%減額され4,000万円になり、相続税が大きく軽減されます。

住宅取得等資金の非課税の特例を利用することで、この小規模宅地等の特例が使えなくなる可能性があります。

理由は、小規模宅地等の特例の適用条件が「亡くなった人の配偶者や同居の親族であること」となっており、配偶者や同居親族がいない場合には「亡くなった人と別居しており、3年以上自分の持家に住んでいない親族」が対象になるためです。

つまり、亡くなった人に配偶者や同居親族がいない場合で、別居の子に住宅取得等資金の非課税の特例により自宅を持たせてしまうと小規模宅地等の特例が利用できなくなってしまいます。

 

②贈与税申告書を必ず提出すること

住宅取得等資金の非課税の特例を利用する場合は「贈与税額が発生しない場合」でも「贈与税申告書」を必ず提出しましょう。

提出期限より1日でも遅れてしまうと特例が利用できず、通常の贈与税が課税されてしまうことになります。

 5 配偶者控除(おしどり贈与)

 配偶者控除(おしどり贈与)とは、夫婦間で居住用の不動産を贈与した時には、暦年贈与の基礎控除である110万円に追加して、2,000万円までの控除が受けられるという制度です。

 贈与税の基礎控除とあわせて最高2,110万円までを贈与できますが、居住用の不動産限定・同じ配偶者からの贈与は一生に一度だけなどの条件があります。

 

 配偶者控除の要件としては、以下の3つです。

 ①夫婦の婚姻期間が20年を過ぎた後に贈与が行われたこと

 ②配偶者から贈与された財産が、居住用不動産であること又は居住用不動産を取得するための金銭であること

 ③贈与を受けた年の翌年315日までに、贈与により取得した居住用不動産又は贈与を受けた金銭で取得した居住用不動産に、贈与を受けた者が現実に住んでおり、その後も引き続き住む見込みであること

 

 なお、事実婚は対象外となります。また、同じ配偶者から贈与を受ける場合には、一生に1度しか控除が適用されません。

 6 子や孫の教育費の贈与

 教育資金の贈与の特例とは、子や孫に教育資金を贈与する場合、1,500万円までは非課税で贈与をすることができるという制度です。ただし、塾など学校以外への支払は、このうち500万円までしか認められません。

 教育資金の贈与の特例は、一括で1,500万円を非課税で贈与できるという点も大きなメリットがありますが、この制度は合計1,500万円までであれば、何度贈与しても非課税となるというメリットがあります。

 ただし、30歳までに使い切れなかった分には贈与税がかかってしまうので、計画性を持って贈与をすることが大切です。

 また、平成31(2019)の税制改正によって、教育資金贈与を行ってから3年以内に、その贈与をした人が亡くなってしまった場合には、その時点で使い切れていない金額は、相続財産に持ち戻されることになりました。

7 結婚・子育て資金の贈与

 結婚・子育て資金の一括贈与の特例とは、結婚・子育ての支払に充てるために贈与された資金については、1,000万円まで非課税とする制度です。

 

 平成27年の税制改正で新設されたばかりの制度で、もともとは平成31年331日までの期限付き措置でしたが、期限が2年間延長されて令和3年331日まで利用できるようになりました。

 最大1,000万円までが非課税となりますが、結婚費用に充てられるのはそのうちの最大300万円までとなっています。

 なお、資金の使用期限が決められていて、50歳までに使い切らないと残額に贈与税がかかります。

 8 生命保険の非課税枠

 生命保険金は被相続人が亡くなった時点で所有していた財産ではありません。

 そのため、民法上では生命保険金は相続財産ではありませんが、相続税法上では生命保険金を相続財産とみなし、相続税を課税します。生命保険金のように相続財産とみなして相続税を課税する財産をみなし相続財産と言います。

 

 被相続人の死亡によって取得した生命保険金で、その保険料を被相続人自身が負担していた場合は相続税が課税されますが、生命保険金には相続税の非課税枠があります。

 

 保険金の受取人が法定相続人である場合には「500万円×法定相続人の数」の金額が非課税となります。

 例えば、相続税のかかる契約形態の死亡保険金の場合は、法定相続人が受け取る場合に、「500万円×法定相続人の数」までの控除を受けることができます。

 例えば、妻と子ども2人が相続人の場合には、1,500万円までは税金がかかりません。 

9 ジュニアNISA

 未成年の孫への生前贈与には、ジュニアNISAもお勧めです。

 ジュニアNISAとは、日本に居住する0歳から19歳の未成年者を対象としたNISAです。

 

 1年間に80万円までの資金を5年間非課税で運用することができます。

 例えば、贈与税の基礎控除額を利用して孫にお金を贈与したうえで、そのお金で親権者である子どもが孫名義のジュニアNISA口座を開設して、運用します。

 非課税投資枠内(年間80万円まで)での運用であれば、得られた譲渡益や分配金などに対する所得税はかかりません。

 

 子や孫の大学進学資金を準備したいという時に、資金を有利に運用しながら、かつ非課税で用意をすることができます。通常、金融商品を運用して利益が出れば、税金がかかるので、これから投資を考える人にとっては見逃せない、お得な制度といえます。

 

10 家族信託

 信託とは、信頼できる人に財産を託して、あらかじめ決めておいた目的に従って、財産から利益を得る人のために管理をする制度です。

 家族信託は、本来、節税を目的としたものではありません。そのため、何も考えずに家族信託を始めると、税金の負担が大きくなってしまうことがあります。

 

 家族信託の当事者は、「委託者」「受託者」「受益者」の3者です。委託者は財産を託す人、受託者は財産を託される人、受益者は財産から利益を受ける人になります。

 

 家族信託は、財産の管理や運用を信頼できる家族に任せるものです。家族信託の中には、自己信託といって委託者自らが受託者になるタイプのものもあります。しかし、通常の家族信託では、委託者と受託者は別の人になります。

 

 一方、委託者と受益者は、同一人物でもかまいません。委託者自らが受益者となっても、形式的には財産の所有権を手ばなすことになります。

 しかし、委託者は受益者として引き続き財産から利益を得られますから、家族信託を設定するメリットはあります。

家族信託で贈与税を課税される人は、受益者になります。家族信託を設定すると、委託者から受託者に財産の所有権が形式的に移転しますが、受託者に贈与税がかかるわけではありません。

家族信託では受益者に贈与税が課税されますが、委託者自ら受益者となった場合には、課税対象にはなりません。委託者と受益者が同一人物なら、委託者から受益者に贈与が行われたことにはならないからです。

 

 次に、家族信託で贈与税を課税されずに財産を移転する方法を説明します。

 贈与税は、贈与額が年間で110万を超えると課税され、その税率は、1,000万円程度の財産でも3040%と高税率です。この贈与税を避けるためには、「受益権の移転の仕方」または「信託終了時の財産の帰属」を工夫しなければいけません。

 受益権の移転時期を、最初の受益者の生前ではなく、「受益者の死亡時」とすることが重要です。

 信託契約書に、①一次受益者を委託者にする、②委託者が死亡した時に、一次受益者から二次受益者に受益権が移る、③委託者が死亡した時に信託が終了し、残余財産が相続人に帰属するなどと記載しておくことで、贈与税が課税されなくなりますので、参考にしていただければと思います。

 この場合、②の時に二次受益者または③の時の帰属権利者に対して相続税が課税されます

11 最後に

 このように、生前贈与は、節税対策だけでなく納税資金の確保や財産の有効活用も行うことができます。

 もっとも、贈与税は相続税より税率が高いため、生前贈与は計画的に行うことが大切です。

 タイミングを合わせて最適な生前贈与を行うことが大切ですので、一度オリエンタル法律事務所にご相談いただけますと幸いです。

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