最近、従業員が仕事中に交通事故などにより第三者に加えた損害について、そもそも使用者が責任を負うのか、負うとしてもどの程度の限度で負うのか、質問を受けることが多いです。いわゆる使用者が第三者に負う使用者責任の要件、求償の可否について判例を踏まえながら説明したいと思います。
使用者責任とは、使用者が雇用した従業員が業務中の不法行為により第三者に損害を与えた場合に、損害に対する直接的な加害者でない雇用主がその損害賠償責任を負う制度のことです(民法715条1項)。
具体的例としては、従業員による業務時間外における使用者広告が掲載された社用車運転中の交通事故、通勤時間中の交通事故、会食中のハラスメント、従業員同士のケンカなどが考えられます。
使用者責任の根拠としては、以下の2点があります。
使用者責任が認められる要件は、①従業員が第三者に不法行為をし、その損害の賠償責任を負うこと、②使用者と従業員に使用関係があること、③従業員が使用者の事業の執行について不法行為をしたこと(事業執行性)が必要です。
民法715条1項但書では「ただし、使用者が従業員の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。」と規定していますが、この但書の適用が実際には認められることはほとんどなく、但書により責任を免れることは困難です。
不法行為による損害とは、第三者に対する身体的・財産的な損害および精神的な損害のことをいいます(民法第710条)。
当然のことながら、第三者に損害があったとしても従業員の不注意などに起因せず従業員が不法行為責任を負わない場合は、使用者責任も発生しません。
使用者と加害者である従業員とが事実上の指揮監督関係があれば、使用・被用の関係が成立します。使用・被用の関係は正規雇用・非正規雇用、有期・無期の雇用関係だけではなく、請負契約でも成立することがあります。
事業執行性の判断は厳密にいえば、(a)当該行為が使用者の事業の範囲であること、(b)使用者が多数の者を使用し、従業員間で職務を分担させている場合には、当該行為が従業員の職務の範囲かという2段階に分けられます。
このうち、(a)当該行為が従業員の行為が使用者の事業の範囲かどうかの点については、使用者の本来の事業そのものだけでなく事業と密接な関連を有する行為にも及ぶとされており、広く捉えられています。
次に、(b)当該行為が従業員の職務の範囲に属するか否かという点は、客観的、外形的にみて、従業員である従業員が担当する職務の範囲に属するものでなければならないとしています。
使用者責任を負わないためには、従業員の不法行為を防ぐことが一番です。
そこで、不法行為に関する研修などの従業員教育を徹底することや、適切な管理監督を実施することが重要です。
従業員が不法行為を起こし得る業務上のプロセスを分析した上、従業員に対して不法行為に関する研修を定期的に開催したり、就業規則で社用車を私的に使用することを禁止するなど社内規程の整備を行うことは有効と考えられます。
また、使用者責任の要件事実である③事業執行性については、従業員が行った不法行為が第三者から見て、客観的、外形的にみて、従業員である従業員が担当する職務の範囲に属するか広く捉える傾向があります。そのため、使用者としては、職務分掌を明確に定めるだけではなく、職務分掌を越えた職務がなされないよう、資金関係に関する権限を厳格にするように管理するべきです。
次に、使用者は、従業員に求償することができるか考えたいと思います。
第三者に従業員が不法行為を与えた場合、使用者と従業員は第三者に対して連帯して賠償する義務を負います(不真正連帯債務)。この場合、たとえ使用者に使用者責任が認められたとしても、実際に不法行為をした従業員が免責されるわけではありません。
使用者責任は、従業員の不法行為に関する責任ですので、最終的な責任負担者が従業員であることからすれば、当然求償はできます(民法715条3項)。
もっとも、事業の性格その他諸般の事情に照らし、使用者の従業員に対する求償は、損害の公平な分担という見地から、信義則上相当と認められる限度に制限されるというのが判例です。
最後に、使用者責任が認められるからと言って、従業員による不法行為を受けた第三者の損害の満額が認められるわけではありません。
証券使用者の顧客である原告が、証券使用者の社員から特別に有利な投資があるとの勧誘を受け、投資資金として当該社員の指定する振込先へ200万円を送金しましたが、実際には、証券使用者の業務とは無関係に当該社員が仕組んだ詐欺であったとの事件がありました(京都地方裁判所平成19年9月11日判決)。
最終的に、原告が200万円の損害について証券使用者の使用者責任を追及したのに対し、本判決は、証券使用者の責任を認めつつ、原告の過失も大きいとして、証券使用者に55万円の賠償を命じるにとどまりました。
このように第三者の要求が、満額が認められる訳ではありませんので、その点はしっかりと主張していくべきだと考えられます。
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