社内でパワハラやハラスメントの訴えがあり、社内調査の方法でお困りになる経験があると思います。ハラスメントの調査実態については、訴訟など事後的に紛争化した場合に問題になる場合が多いため、適切かつ迅速な対応が要求されます。
また、被害者と加害者との言い分が食い違う場合の判定方法について仮に判断を誤ることになれば、被害者または加害者から訴えられることになり慎重な姿勢が求められます。
今回は、パワハラなどハラスメントが起きた場合の事実関係の調査方法について重要な注意点を解説します。
まず、パワハラなどハラスメントについての訴えが社内であった場合、企業は事実関係を調査する義務があります。
重要な点としては、相談窓口の担当者、人事部門又は専門の委員会等が、相談者及び行為者の双方から事実関係を確認することです。
その際、相談者の心身の状況や当該言動が行われた際の受け止めなどその認識にも適切に配慮すること必要があります。
また、相談者と行為者との間で事実関係に関する主張に不一致があり、事実の確認が十分にできないと認められる場合には、第三者からも事実関係を聴取する等の措置を講ずることが求められます。
なお、事実関係を迅速かつ正確に確認しようとしたが、確認が困難な場合などにおいて、法第30条の6に基づく調停の申請を行うことその他中立な第三者機関に紛争処理を委ねることを勧められることがありますが、実際には、ハラスメントの事実確認において、この調停が利用されている例はあまり見受けられず、オリエンタル法律事務所においても実施したことはありません。
実際の判例(裁判例)を確認すると、以下のように損害賠償を命じられているケースが存在します。
・パワハラの訴えがあったのに事実関係の調査をせず、被害者が自殺に至ったとして、約1200万円の損害賠償が命じられた事例(さいたま地方裁判所平成29年10月26日判決)
・セクハラの訴えがあったのに対して、加害者をかばう発言を繰り返して適切な措置をとらなかったとして、約88万円の損害賠償が命じられた事例(横浜地方裁判所平成16年7月8日判決)
ハラスメントの訴えがあった場合に調査せずに放置することが違法であることは当然ですが、一応の調査はしているものの調査の方法や調査中の発言が不適切であるとして、会社に損害賠償が命じられているケースも増えていることに注意してください。
ヒアリングにおいては、加害者の言動が、従業員を育てる目的で行われたものか、それとも嫌悪の感情や退職に追い込む目的によるものか、言動の内容が業務の改善のために合理的なものか、言動の内容に被害者に対する人格的な攻撃を含んでいるかどうかなどを聞き取っていく必要があります。しかし、実際の事例は一概に判断することが難しい場合が多く、以下の事柄を念頭に聞き取りを行うべきだと考えています。
ハラスメント被害を受けた本人は、精神的に追い詰められていたり、行為者に対する恐怖心や嫌悪感を有していることが多いといえます。そこで、相談に対しては、まずは親身に話を聞く姿勢をもって、被害者が心を開いて話をしやすい環境を作ることが重要です。
もっとも、過度な感情移入や一方的な肩入れは、先入観となって、その後の対処を誤ることにも繋がりかねません。特に、被害を申告する社員は感情に囚われていることが多いため、ヒアリングを行う側の対応としては、5W1H(誰が、いつ、どこで、何を、どのように、どうしたか)という客観的な事実関係を、時系列に沿って確認する必要があります。
人の話はとても曖昧なもので、常に誤りが生じる可能性をはらんでいます。
これは、必ずしも積極的に虚偽を述べる場合だけでなく、同じ出来事についても、知覚する過程での誤り(見間違い、聞き間違い)、記憶する過程での誤り(記憶違い)、事実を伝える際の誤り(言い間違い)など、様々な誤謬が介在する可能性があるということです。
そのため、ハラスメントの相談を受けた際にも、話を聞くだけではなく、裏付けとなる客観的な証拠もあわせて確認するようにしましょう。
具体的には、「休日にもしつこく食事に誘ってくる」というセクハラの相談に対しては、誘いのメール、メモ、写真等が残っている可能性があります。また、「長時間にわたり延々と怒鳴られる」というパワハラの申告であれば、録音や、場所によっては防犯カメラ映像にその様子が残っていることもあります。
このような客観的な証拠があれば、行為者への事情聴取における言い逃れの余地をなくし、適正に処分を行うことが可能となります。
パワハラなどハラスメントの訴えがあったときは、まず社内で調査委員会を作ることになるのが通常です。ハラスメント相談窓口の担当者は、相談内容を調査委員会に引継ぎ、調査は、調査委員会にゆだねることが通常です。
調査委員会としては、被害者、加害者、関係者に対しヒアリングなどによる調査を行ったうえで、「被害者及び加害者を今後どこに配置し、どのような仕事をさせていくのかという人事上の措置」と「加害者に対する懲戒処分の必要性」の双方について結論を出す必要があります。
そのため、調査委員会は、人事上の措置を検討するという意味において、人事部門の担当者と、もし可能であれば、懲戒処分の必要性を検討するという意味において、法務部門や内部監査部門の担当者、あるいは弁護士という、複数名で構成することがベストです。
なお、セクシャルハラスメントやマタニティハラスメントが問題となっている場合はできる限り女性の担当者を調査委員会にいれることをおすすめします。
男性のみの調査委員会とするときは、男性側からの偏った視点で、加害者側に同情したり、被害者側の対応を疑問視して、被害者にも落ち度があったのではないかといった言動をしてしまわないように、十分注意する必要があります。
ヒアリングは、以下の順序で進めることが必要です。
①被害者からのヒアリングをまず行う
②被害者の承諾を得たうえで加害者からのヒアリングを行う
③目撃者や関係者がいる場合は、そのヒアリングを行う
④被害者、加害者に対し、双方の言い分が食い違う点について再度ヒアリングを行う
以下で具体的にみていきましょう。
被害者からのヒアリングにあたっては、まず、被害者との信頼関係を作ることを意識する必要があります。被害者が被害に動揺していたり、あるいは怒りの感情から、話をうまく整理できないケースがよくあります。
ヒアリングのときに「被害者の対応にも落ち度があるのではないか」といった発言をすることは特にトラブルになりやすいので十分注意してください。ヒアリングは「判断」や「指導」を行う場ではありません。ヒアリングにあたってはヒアリング担当者の判断を差しはさむべきではありません。また、被害者が受けたハラスメント行為の内容や、日時、場所、そしてハラスメント行為に至るまでの経緯を被害者に書き出すように求めるのがよいです。
その際、ヒアリングを行うこととあわせて、被害者と加害者のメールの履歴やLINEの履歴があれば、それを被害者から提出してもらっておくことが必要です。被害者と加害者のメールの履歴やLINEの履歴は、ハラスメントの有無について被害者と加害者の言い分が食い違った場合に、どちらの言い分が事実かを判断するうえでの重要な証拠になるケースがあります。
なお、ハラスメントの被害を訴えた後に、被害者が退職したり、あるいは出社しなくなるケースも少なくありません。こういった場合も、被害者が明確に調査を拒否しない限り、企業としては、ハラスメントの調査を行う義務があります。退職したり、出社しなくなるというケースでは、被害者からの直接のヒアリングの機会が限られてしまうという面がありますが、メールや電話でのヒアリングを実施し、調査を進めていく必要があります。
加害者からのヒアリングは必ず被害者の承諾を得たうえで行う必要があります。相手方は、相談によって持ち込まれたハラスメントの疑いのある事案に対しては、その有無や内容についての調査に協力する義務を負いますので、その点も相手方に説明しておきます。
被害者の主張しているハラスメントの被害内容について、事実かどうかを、1つずつ確認することになります。また、被害者と加害者の事件以前の関係や、事件に至るまでの経緯、事件以後の被害者と加害者の関係などについてもヒアリングが必要です。
加害者の話についても記録をとり、その内容を文書にして、被害者に間違いがないかを確認させ、署名してもらう必要があります。加害者についても、仮にその話に疑問がある点があったとしても、否定するのではなく、そのとおり記録し、本人に確認してもらうことを意識してください。
ハラスメントについて目撃者や関係者がいる場合は、目撃者や関係者からのヒアリングも行う必要があります。社員である第三者も、ハラスメント事案に対して、調査協力義務を負います。
この場合も、その内容を文書にして、本人に間違いがないかを確認させ、署名してもらう必要があります。
また、同じ加害者から、同様のハラスメント被害を受けている人がほかにいないかを調査することも、ハラスメントの有無について被害者と加害者の言い分が食い違う場合にハラスメントの事実を認定できるかどうかの判断に役立ちます。
同様の被害を訴える人が他にもいる場合は、被害者の主張する被害事実が真実であると判断する根拠の1つとなるためです。
このような観点から、例えば、部署内のハラスメントの有無について、匿名で回答できるアンケート調査を部署内の従業員全員に行うなどして、同様のハラスメント被害を受けている人がいないかどうかを調べることが有効なケースもあります。
では、被害者が主張するハラスメントの事実を加害者が否定している場合はどうすればよいのでしょうか?被害者と加害者の言い分が食い違う場合は、その食い違う点について、再度、双方からのヒアリングを行います。
被害者および加害者の供述だけでは平行線を辿る場合には、会社としては以下の点を主な判断材料として、被害者の言い分が事実なのか、加害者の言い分が事実なのかを判断していく必要があります。
メールやLINEの記録は客観的なものであり、どちらかの言い分が、これらの記録に照らして不自然であったり矛盾する場合は、その言い分が虚偽であると判断する根拠となります。
供述の内容が、客観的な証拠から明らかな事実と符合していれば、実際にあったことを述べているのだろうな、ということになる。
もっとも、客観的な証拠から明らかな事実と符合していることによって最低限担保されるのは、その明らかな事実そのものについて正しく述べていることだけであって、供述のそれ以外の部分が正しい保証はまったくないともいえます。
被害者あるいは加害者のどちらかが、重要な点について、当初のヒアリング時の言い分を不自然に変更した場合は、その言い分が虚偽であると判断する根拠となります。
この点を判断するためにも、最初のヒアリングでしっかりと記録をとり、本人に確認させて署名をもらっておくことが重要になります。
最初のヒアリング時の記録がしっかりとれていることで初めて、言い分が不自然に変更されているという判断ができるようになります。
被害者がハラスメントの被害について長期間誰にも相談したり、訴えたりしていないときは、被害者の言い分を否定する根拠となることがあります。
ハラスメントがあった後の被害者の行動にも注目してヒアリングを行う必要があります。
被害者が実際には受けていないハラスメントを受けたと主張するような動機があるかどうかという点も、ハラスメントの有無の争いが裁判になれば必ず議論される点の1つです。
例えば、被害者と加害者が以前恋愛関係にあったようなケースでは、恋愛関係のもつれに対する報復として、被害者がハラスメント被害を訴えている可能性がないかなどを検討する必要があります。
「職場におけるパワーハラスメントが生じた事実が確認できた場合においては、行為者に対する措置を適正に行うこと」が求められています。
そのため、調査委員会としては、ヒアリング終了後にハラスメントの有無を判定し、被害者や加害者に対する人事上の措置、加害者に対する懲戒処分の必要性について結論を出したうえで、被害者、加害者の双方に説明することが必要です。
もっとも、懲戒処分を科すためには、事前に就業規則や懲戒規程などにより懲戒事由とその処分内容を定めておく必要があることに加え、具体的な処分決定にあたっても、過去の同種事例との均衡を欠くなど不合理な処分となっていないかなど、注意すべき点が多数あります。
本来、ハラスメントを認定するべき場面ではないのに、誤って認定し、加害者を懲戒処分すると、後日、加害者から懲戒処分が不当であるとして訴えられたときに、会社が敗訴することになりかねません。
企業がパワハラの加害者に対して重すぎる懲戒処分をした場合、労働契約法第15条の「社会通念上相当であると認められない場合」に該当し、裁判で無効とされるリスクがあります。
そのため、どの懲戒処分を選択するかは、慎重な判断が必要です。
一般的に懲戒処分の種類は、軽い順から、「戒告」、「減給」、「出勤停止」、「降格処分」、「諭旨解雇」、「懲戒解雇」などが就業規則に定められています。このうち、特に、「諭旨解雇」、「懲戒解雇」については、裁判で無効と判断された場合、企業が多額の金銭支払いを命じられるケースが多く、要注意です。
一方で、ハラスメントを認定するべき場面なのに、ハラスメントを認定しない判断をしてしまった場合は、被害者から訴えられ、会社が損害賠償を命じられることにもなりかねません。
このように、ハラスメントの判定は、どちらに判断しても、訴訟リスクを伴う重要な判断です。
では、具体的にパワハラの加害者に対する懲戒処分をどのように選択すればよいのでしょうか。具体的に、パワハラの加害者に対する「懲戒処分の選択の基準」についてご説明していきたいと思います。パワハラの加害者に対する懲戒処分を選択するにあたって考慮しなければならない重要なポイントは以下の6つです。
①パワハラ行為の内容
②パワハラ行為の頻度、期間、常習性
③パワハラについての被害者の数
④パワハラによる被害の程度
⑤行為後の謝罪や反省の有無
⑥加害者の過去の懲戒処分歴の有無
このようにさまざまな要素を検討する必要がありますので、一律の基準を示すことは困難ですが、ケースごとのおよその目安としてはありますので、まずはご相談いただけますと幸いです。
調査結果については、必要に応じて調査報告書にまとめます。
調査報告書を作成することは外部への説明が必要な場合だけでなく、懲戒処分を決めるための資料となるという観点や再発防止策を会社として考えるための資料になるという観点からも有用です。
調査報告書には以下の点を記載することになります。
・調査を担当した調査員会のメンバーやその独立性について
・調査を実施した期間と具体的な調査方法
・被害者からのハラスメント被害申告の経緯とその内容
・ハラスメントの有無に関する加害者側の主張内容
・調査により判明した事実関係
・ハラスメントの有無に関する事実認定と調査委員会としての結論
・ハラスメント防止のための改善点
令和2年6月1日、改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)の施行に伴い、ハラスメント防止対策が強化されています。その一つとして打ち出されたのが、ハラスメント相談窓口設置の義務化です。
パワハラ防止法という通称から見ても、パワーハラスメントへの社会的な厳しい視線が伺えますが、ハラスメント相談窓口では、職場における他者からのさまざまなハラスメントを扱います。
平成28年度実態調査結果で従業員数1000人以上の企業は98.0%が「窓口を設置している」としているのに対し、従業員数300~999人では93.7%、100~299人は80.3%、従業員数99人以下では44.0%となっています。ハラスメント対策法への対応として多くの中小企業が、これから相談窓口を設置する必要があります。
パワハラだけではなく、職場でのハラスメント全般について一元的な相談窓口を置くことで、労働者がより声を上げやすい環境の整備を目指します。
今回の実施に関しては企業規模によって多少異なり、大企業については令和2年6月1日をもって義務化となります。中小企業については努力義務とし、令和4年4月1日から義務化されます。
なお、セクハラ・マタハラの相談窓口については、中小企業についてもすでに義務化となっています。
ハラスメント相談窓口の設置義務を怠ると法律違反の対象となり、厚生労働大臣からの勧告や企業名の公表といった社会的制裁措置の可能性があります。
被害者側あるいは加害者側から、調査結果を記載した調査報告書や、ヒアリングの内容を記録した書面について、開示を求められることもあります。
ハラスメントについての社内調査結果を記載した調査報告書については、被害者側からの開示請求があった場合も会社は開示義務を負わないとした判例があります(神戸地方裁判所尼崎支部平成17年1月5日判決)。
一方、本人からのヒアリング内容を記録した書面について、本人から開示を求められた場合は、個人情報保護法第28条1項により、開示に応じる義務があります。
社内でパワハラなどのハラスメントの訴えがあった場合、被害者、加害者等への調査をすみやかに行うことが必須です。
しかし、調査の結果、ハラスメントの有無について、被害者と加害者の言い分が食い違うなど、対応が難しいケースも少なくありません。
このような場面で会社としての対応を誤ると、ハラスメントが解決せず、会社が損害賠償の請求をうける結果にもなりかねません。
オリエンタル法律事務所では、社内でハラスメントの訴えがあった場合の、会社としての対応方法のご相談を承っています。
また、ご依頼により、弁護士がヒアリングに立ち会い、適切な調査をバックアップします。さらに、調査後のハラスメントの有無の判定や、加害者に対する懲戒処分など、調査結果を踏まえた会社の対応についてもご相談をお受けします。
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